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otennki

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大人の宿題(たまには、まじめに)

職場で。
小金が貯まるとすぐに韓国に逃亡してしまう私を、おそらく心配してのことでしょう、同僚なり、私の韓国好きを知る人から、最近よく、このような言葉をかけられます。

「1人で地方の海辺に行ったりするの?行方不明にならないでね」
「しばらく韓国行かない方がいいんじゃない?いつ戦争になるかわかんないわよ」
そういうとき、うまく言葉にはできないのですが、妙な居心地の悪さを感じます。笑顔でそれなりの返答はするのだけれど、心のどこかに小さな棘が刺さるというか。
身を案じてくれていることはわかる。それはとてもありがたいことだとも思う。だけれども、いたわりの言葉の前提になっている「何か」が妙に一方的のような気がして、その「決めつけ」のようなものに逆らいたくなってしまう気持ちが生まれます。
でも一番の問題は、そんな問いかけ(まぁ1つ目については、旅する側の目的や趣味の問題なので、なんとも言えないですが…)に、応える言葉を自分が持っていないことなのですが。

韓国の哨戒艦沈没事件が起きる数週間前に、たまたま書店で「韓洪九の韓国現代史Ⅰ」(平凡社刊 2003)という本を買いました。
原題は「한홍구의 역사이야기(韓洪九の歴史の話) 대한민국사(大韓民国史)」。イヤギ=話というだけあって、歴史の話が「ですます」体でわかりやすくトピック毎に書かれています。
事件の前後で、たまたま次のような文章に出くわしました。
「停戦会談のもっとも重要な問題は、軍事境界線と捕虜問題でした。(略)しかし停戦協定では、陸上の軍事境界線を画定したのみで海上の軍事境界線は未画定のままであったため、北方限界線問題といった紛争の火種を残したままになりました。」
陸の38度線は知っていても、海上の境界線は未確定だったことを知らなかった私。みいざるを散歩しながら今更のようにその事実を知り(←日課のみいざる先生の散歩が、私の読書タイムなのであります…)自分の無知をまた、痛感しました。そうして、少なくとも自分が好んで訪れている国が休戦中の国であり、停戦協定体制が不安定であるということが実感として迫ってきました。

ゆとり世代よりはるか以前に高校を出た私は、なのに現代史はまともに勉強していません。「共通一次に現代史はそんなに出ないから、教科書のココは飛ばしま~す」とか言って、世界史の先生は出題確率の高い領域ばかりを集中的に授業に取り込んでいました。そんなことは言い訳にならないとしても、私にとって現代史は未だに「宿題」です。
たぶん歴史は、学ぶものではなくて生きるものなんだろうと思います。虚ろな目をした総理大臣が金曜日に発表した内容は、いずれ歴史の教科書に出てくる内容なのでしょうし。
教科書やテレビや新聞が言うことを、そのまま鵜呑みにできればこれほど楽なことはないでしょう。楽したがり屋なので、本当にそうは思うけれど、たぶんもう大人なので、自分で考える観点と基準くらいは持っていた方がいいんだろうな、とも思う今日このごろ。

そうそう。さっきの韓洪九先生は、本の前書きでこんなことを言っています。
「こんな社会で生きていくためには、社会のあれこれについて合理的に疑問をいだく姿勢、社会のことを判断する自分の観点を確固たるものにする立場、そして自分の観点についても厳格さを維持しようとする姿勢が必要なのです。自分の目で社会と歴史を見て、そのうえで自分の判断までも疑ってみる、そのような姿勢です。」

どこまでそういう姿勢を持てるのか。皆目見当もつかないけれど、せめて自分の関心のあることくらいは、努力してみようかな。
いろいろあったこの5月の、最後の土曜のひとりごと…。

<追伸>
ブログを再開してから、おつきあいのあった方の日記をいろいろに拝見しました。その中で宮崎の皆さんが、口蹄疫発生以降にいろいろな「現場」からブログを書いているのを見て、本当に涙が出ました。とても心動かされました。
政治や社会の出来事についてはあまり書かないでおこうと気楽に始めたブログだったのですが、再開を機に、たとえコメントつかなくても(笑)、思ったことを素直に書いてみようと。みやざきひょんえ さしぬんぶんどぅる、こまうぉよ。くりご、うんうぉんはげっすむにだ。

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