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otennki

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みな、「いきのびた蝉」なのかも

第2居間、と読んでいる二階の小部屋は

小さなテーブルに座椅子を並べての座り生活です。

これが、これまで椅子で生活してきた私にはなかなかに、しんどい。

座椅子から立ち上がるときは「どっこいしょ」と声をかけねばならず

立ち上がった場所にみいむうがねっころがってたりすると、

足の置き場がなく転びかけてしまうほど。

 

な、もので。

目下私の最大の楽しみは、通勤の行き帰りでの読書です。

ほんの数日前、角田光代の「八日目の蝉」という小説を読み

ひさしぶりに、頭を殴られたような衝撃を受けました。

 

モチーフは、おそらく80年代のあの事件。

不倫相手の家を放火し、家の中にいた幼子2人が焼死したというむごい事件です。

事件の起きた頃、私はまだ学生で、就職やら結婚やらまして不倫の恋など縁遠く

一つ転がり落ちるとこうも転落してしまう、という人生に恐れおののいた覚えがあります。

 

小説はけれど、放火ではなく、不倫相手の子をさらってしまい

そこからひたすら逃亡生活を送るという展開です

電車でページを繰りながら、ああ、どうしたらこの子と逃げおおせられるかと

まるで自分のことのように息を詰めていて。…そう、完全に主人公になりきっているわけです。

久しぶりに没頭して、心底疲れました(笑)

 

「八日目の蝉」というのは

地上で7日生き果せて仲間が次々骸になっていくなかで

自分だけ、8日目を生きなければならない蝉の意です。

死んでも仕方ないような一線を越えたのちに見える光景がどんなものか。

 

これはまた、私の本業とかかわることなのですが

「ここからどうして生きたものか」という声を、実はよく耳にします。

子育てが終わった、配偶者に死に別れた、生き甲斐にしていた何かが砕け散った。

若い頃は、もっとすてきな人生が待ちうけていると思ったのに。

この先の人生などなくてもよいのに、まだ生き続けなければならないなんて

あとはしんどいだけじゃないか、などなど。

自分の毎日を「八日目の人生」と思い定めている人は意外に多いようで。

 

では小説は、八日目をどう描いているか。

それは読んだ人それぞれでしょうから、ここでは申しませぬ。

私個人でいえば、八日目も十日目も、生きるに値しない時間などない、と強く思ったのでした。

 

でもって。

小説を読み終えても、相変わらず続く第2居間での生活。

本がないのはしんどいので、かといって、「八日目の蝉」と同類の小説を読む気も起きず

突然なにを思ったか

 

「天璋院篤姫」by宮尾登美子 ぷぷぷっ

 

などを読み始めました。

まったく毛色違いますね、ハイ。大奥っすから。女の世界どろどろでやんす。

 

小説は、いいですなぁ。とくに母国語のそれは。

なんだかすっかり韓国語から離れまくってる私です。

 

 

 

 

<おまけ>

第2居間にて。飼い主は小説、むうざるは新聞を読みふけってます…

 


もう2歳、むうざるも立派な大人。ひとつ稼いできて、お母さんをラクさせておくれ。

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